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今日も思いつくまま・・(2009年1月5日) |
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akihiko.comというアドレスを取得してそろそろ10年になります。最初は冗談のように、アドレスをとってみようかという話に乗って取ったのが発端。1996年、アメリカに行くときに、ホームページを作ろうかという話を出したとき、誰も読む人がいない、読みたい人などいないという周辺全員の声があってあきらめたホームページがにわかに現実になった感じでした。
ということで、自分では何もできないので、アドレスを取ること、アドレスの権利を延長すること、ホームページのメンテナンスすべてのことをやってもらっていますので、自慢できるものではありませんが、それでもホームページをスタートして、そろそろ10年。今までいろいろとやってくれたみなさん、ありがとうございました。 スタートした時は、ブログという言葉もなく、まだまだホームページを自分で持つということも普通ではありませんでした。最初、akihiko.comというアドレスで、自分のホームページが開いたときは感激をしました。また、2001年9月11日から約20日間くらい、ほぼ毎日、ニューヨークと自分のことを書いた時は、日本サイドでアドレスを広めてくれたおかげで、アクセス回数が激増したらしく、Yahooからもリンクしないかというメールが来たりしたことも印象に残っています。 ニューヨークで住み、仕事をしている時にスタートしたことで、最初はニューヨークのことが中心で、書くほうもネタに事欠かず、読んでくれる人も、それなりに知らないこともあったのが、2003年の帰国後は、ほぼ1年休刊し、2004年から、エッセイというか、書きたいことを書くというスタイル。書く方ものエキサイティング度はニューヨークの時にくらべ、激減。 ということで、そろそろ、やめようかと何回も思いましたが、ま、やれるだけやろうかなという感じです。感じたことを気ままに書いてみたいと思いますので、よろしくお願いします。最後になりましたが、あけましておめでとうございます。
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今日も思いつくまま・・(2008年12月29日) |
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今年もあと少し。残念ながら、年末のイメージは派遣切り、雇用不安、不況ということでおしまいになりそうです。自動車、家電など、円高と世界不況による急激な市場の縮小のため、一気に生産調整、工場の操業停止などで、派遣社員の契約を、当初の予定より以前に打ち切ってしまうということがあちこちに発生し、とりわけ、トヨタのおかげで、活況だった東海地区で、トヨタ自動車赤字転落の影響大ということです。
去年の今頃は、こんなことになるとは想像し難かったものの、今思えば、ずっと右肩上がりで世界中が成長するというモデル自体が成り立つはずはないと冷静に見られるが、アメリカの連続的な好況、中国などBRICSの発展にともなう市場の大幅拡大、円安のメリットなどで、日本の景気も順調だったのを目の当たりにして、しばらくはこのままかなと思ったのも確か。 それにしても、急転直下の報道。報道内容が悲観的なので、ますます、財布のヒモが固くなり、高いものは買わない、外食はしないという傾向が一気に進み消費を先導していた、外資系投資顧問会社が総崩れで雇用不安、ということになれば、ヨーロッパのブランドショップが値下げしたり、高級車が売れなくなるのも当たり前。 一方で、派遣切りの対象は、製造業の期間工。こちらの方は住居もなくなり、蓄積もないと、一気にホームレス。ブラジルなど海外からの人たちは、帰る旅費もなしということで、最底辺のことになってしっているとの報道。そう言えば、新宿周辺でも新顔のホームレスが多くなっているようにも思えます。 以前、好調だったころ、日本経済の牽引車、世界の優等生、トヨタ自動車が賃上げをしないということを早々に決定したため、他の企業が賃上げしなくてすむというか、賃上げできなくなったことがありました。結局、儲けは海外での工場建設だったり、投資に回ったのが、今回は拡大した規模のため、縮小の影響が大きくなり、社員を増やさず、派遣社員でまかなうことで、賃金の高い日本での労働力を確保したのだから、考えてみれば今回のことは当然。 今回も、大丈夫と思われていたトヨタ自動車やキャノンが率先して、派遣切りを行い、問題は派遣会社にありということを明言した結果、われわれもという状態になり、自社の格付けを守るためにも、派遣切りをしなければという風に見えるくらい、これでは悪乗り、便乗ではなどと思ってしまいます。 なんか、仕方ないというか、無責任な感じがするのが残念です。会社ですから、いらない人を抱えておくということを強要は出来ませんが、雇用を守るという姿勢が感じられないもの事実。派遣は雇用ではない、増産の道具として派遣会社から来てもらっているということなのでしょうが、割り切れません。 こんなことを言っていては甘いと言われそうですが、船場吉兆やミートホープ社など、食品偽装の時と似たような企業としての責任回避と感じてしまいます。世界不況は不可抗力で、見通せなかったのは事実でしょうが、苦しいときをみんなで乗り越えるという感じはありません。 ということで、暗い感じの年末になってしまいました。確かに、忘年会最盛期の繁華街、デパート、家電量販店もいつになく、空いているように感じます。都心のバスも定時より早く来るくらいです。不況で始まる来年。まずは、自分と自分の所属する会社で出来ることを実行したいと思います。何から手をつけてよいかはまだわかりませんが。良いお年を。
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今日も思いつくまま・・(2008年12月22日) |
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ガソリンの値段が、リッターあたり90円という看板。愛媛県松山市郊外で発見。一時、200円に迫ろうという具合だった値段、東京ではまだまだ110円台でしたが、ここでは100円を切り、この値段。地域によってばらつきはあるものの、一年の間での乱高下、あの騒ぎはなんだったんだろうという感じです。
ガソリン値上げとともに、減少した都心の通行量。事故があったりすると昔のような渋滞が首都高に復活したり、さすがに年末という渋滞もあるが、絶対的な通行量が減っているのではとわかるのは、混んでいる箇所があちこちではなく、片寄っているということ。年末になっても都心部のバスは時間調整、つまり予定より早く到着するケースもあり。 クルマが減ったのは、ガソリン値上げだけのせいではなく、リストラや、不景気のための経済活動鈍化、クルマそのものが売れなくなったこと、外出や旅行を減らし、家で食事をするようになったなど、いろいろな理由。そのため、ガソリンの値段が半分になっても、都心を走るクルマそのものの総量が増えないのが事実みたいです。 タクシーも、中で携帯電話が使えるというメリットだけでなく、渋滞が減っているため、到着時間が読めるということで、利用価値が増加していますが、一方で、不景気のため、夜の利用や、遠距離利用が激減しているので、気持ちよく走れることの代償も大きく、利用する者にとってはありがたいものの、タクシーにとっては喜べない状態。 戦後63年、一時、石油ショックやバブル崩壊などがあったものの、ほぼ一貫して成長を続けてきたことが、ここへ来て、アメリカのサブプライムローン破綻、原油価格の乱高下、ドル安、ユーロ安、円高、中国やロシアなどの成長ストップなど、いろいろな理由で急激に経済不安へ。 ガソリンの値段が下がったということで、素直に喜べないのが現実。経済活動や市場規模が全体として縮退していくという事実を前に、さてどうなるのかというところ。とりあえずは、節約しておくかというのが無難と考えると、ますます購買意欲も減退。人が少なく、向こうが見渡せる年末、週末の家電量販店のパソコン売場やテレビ売場、素直には喜べない。
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今日も思いつくまま・・(2008年12月15日) |
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12月になると、年賀状の季節。11月始めから売り出されても、買おうとか、用意しようかと思うのは12月になってから。これはクリスマスカードも一緒。ニューヨークに住んでいる時は、年賀状ではなく、日本に出すのもクリスマスカード。このカード、さすがに一杯出すのが当たり前のこの国。値段が安い。
とりわけ、クリスマスが終わると翌年用というか、売れ残りのカードが大安売り。年賀状に比べて、十二支がないこともあり、カードそのものには年号が印刷されていないので、翌年でも問題なし。すごいことになると20枚で1ドル以下ということもあり、買ったことを忘れないという自信、置く場所があれば、お徳用。 実は何回か、最初のうちは来年の、クリスマスまでに人事異動はないだろうということで、買ったことあり。一方、日本から心をこめて送ってもらうカードの値段の高いこと。おまけにそのころ出始めのオルゴールつきとか、光センサーなど、電報台紙みたいなものであれば、バーゲンのカード200枚以上のカードもあり、こちらから出すカードの値段を考えると申し訳ない。 もっとも、500枚の余もカードを出すこちらと、数枚だけ出す日本からのカードを比較するにもあまり意味がないかも知れないが、それにしても、日本で売っているカードの立派で高価なこと、多分普通のアメリカ人が日本でカードを買おうと思うと、さすがにバーゲン品とくらべなくても、高くてびっくり。 クリスマス前になると、会社にも自宅にもカードが次々と配達され、それぞれに絵がついているので、たとえ、バーゲン品であっても、クリスマスツリーの横や、棚の上などに飾ると見栄えがし、シーズンデコレーションという感じ。キリスト教の人だけでないので、メリークリスマスという文言より、シーズンズグリーティング、ハッピーニューイヤーが普通。 飾っておく時期もクリスマスの日が過ぎる、片付けるのではなく、新年、ちょうど日本で松の内が明ける7日前後から、クリスマスツリーを片付け、カードもおしまい。ごみ置き場に切られて置かれるもみの木、春の始まりという感じ。書くまでが面倒な年賀状とクリスマスカード。相手の顔を思い出して書く一言。手書きでやろうと思うと、慣れないことなので、腱鞘炎になりそう。 この週末で書き始めた年賀状。住所と一言を手書きでと思って、ペンを取ると、最近、書くのは専らPCのワープロなので、慣れないため、肩と腰が徐々に痛く、重くなって、休憩。年に一回でも、普段使わない筋肉を使ったり、手の動きをしたりするのも、たまには退化を防ぐことになるかもということ。なかなか減らない年賀はがきの山を目にして、ため息をついています。
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今日も思いつくまま・・(2008年12月8日) |
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銀座の行列は、H&Mという店。スウェーデンのアパレルショップ。安くて、ファッショナブル、大量生産ではなく、売り切れたらおしまいという商品もあるということで、大行列。おかげで、周辺にあるレストランもにぎわうという副次効果も報道されていました。開店してしばらく経過しても、まだまだ行列は長いようです。
ニューヨーク、マンハッタン、フィフスアベニューにH&Mが開店したのは7,8年前。そのときにも、店内のお客数を一定に保ち、買い物をしやすくするということで、入場制限。マンハッタンのど真ん中に出現した行列はなかなか目立ちました。それまでに、マンハッタンの街中で、話題となった行列、経験した行列は、ミニモというセサミストリートで大人気のぬいぐるみの販売時と、住んでいた47丁目の近くにあったパンケーキショップの週末の大行列だけ。 行列は行列を呼び、心理的に並びたいという気持ちになるようで、ますます行列が長くなり、ここで並ばないと損をするという感じ。H&Mの前の東京での大行列は、新宿のドーナツショップ、クリスピークリーム。一昨年12月に開店して、新宿南口サザンテラスから、高島屋に向かう橋の真ん中くらいまで通常行列が出来、2時間待ってドーナツを買うという異常な状態に。 この店もアメリカ。ワールドトレードセンターの店で初めて名前を知り、お客様訪問時の時間調整で何回かコーヒーを飲み、ドーナツを食べたことがあるので、9月11日以降、店がなくなったことが未だに現実感なし。店の外からドーナツ製造機を見ることができるのは新宿と同じ。たまに食べたくなる味だという記憶はあるものの、印象の強い味ではなかった。 昔、西麻布に出来たアイスクリームショップ、ホブソンズの行列がやらせだったと言われていますが、クリスピークリームも、来店者にドーナツをひとりひとつ無料で配布するということもあり、行列を作るようにしたことが、そのままずっと長くなったようで、人為的とは言えないんじゃないかとは思うものの。行列が最大のマーケティング手段であったことは確か。 実は、この店をプロデュースした会社の幹部と知り合いだったので、オープニング前のパーティに呼ばれ、ドーナツをいくらでも食べて良いと言われたものの、せいぜい食べたのは2コ。その時はこんなアメリカンドーナツが受け入れられるのかと疑問に思ったものの、翌日から大行列。朝7時の開店時にも数十人の行列が。 マンハッタンに出来たH&Mのテイストも、ドーナッツも日本人に受けるかなと思ったものの、この行列。H&Mは日本にあったサイズや商品展開をしたと言うことですが、ドーナッツのレシピは変更なしということ。どちらにしても、受けたのは事実。そのマーケティングの重要なポイントは行列。初詣、長い行列を経て、参拝するのも同じ、ありがたさかも知れません。
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今日も思いつくまま・・(2008年12月1日) |
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今年も12月。余すところ、あとわずかです。さて、シドニー滞在の続き、2泊4日が全行程なので、落着く間なしでしたが、夜、食事に行くことになり、一緒に行ったS君と二人で、日本で話題のレストランを訪ねました。このレストラン、名前は
bills と言い、シドニー行きの前、偶然見ていたテレビ番組で発見。
シドニーのレストランが、鎌倉に支店を出し、そこでの朝ごはんが注目されているとのこと。ガイドブックにも記載があり、ハリウッドスターなどセレブ御用達で有名で、パンケーキ、スクランブルエッグが名物などなど。テレビ番組でも朝ごはんが報道されたミーハーレストラン。 思い出して、Webで住所を調べ、サリーヒルズという住宅地みたいな場所にある本店へタクシーで。人気のある朝ごはん時ではなく、平日夜なので、近所の人とおぼしき人が数組、広くない店の8割程度が埋まっている感じ。大勢でなければ、予約なしで大丈夫のカジュアルな雰囲気。メニューもハンバーガーあり、フレンチフライありのアメリカで言えば、しゃれたダイナー。 ということで、こちらでは夜だということもあり、人気レストランという感じは薄く、一度、朝か土日のブランチ時間に行ってみたいという思いを残して、今回はハンバーガー、ステーキ、スープ、フレンチフライと、ビール、ワインなど、おいしく食べました。味は良く、ぜひとも、また来てみたい店とはいうものの、長い行列の出来る超人気店かといえば、やや疑問。 鎌倉に店がとウエイターに聞いたところ、彼らも知っていて、富士山のそばと言うので、確かに見えるがそばとは言えないという奇妙な会話をしたが、この店を探してきたところがあるということに感心。まさかと思った日本で有名なシドニーの人気店。行って損はないのは事実。本店のあるサリーヒルズ周辺も、散歩するには良さそうなところ。おすすめです。
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今日も思いつくまま・・(2008年11月24日) |
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11月一杯で新幹線0系と呼ばれる、1964年10月1日開業時に走ったのと同じ型の車両が現役から退くということで、山陽新幹線を走る0系こだま号が話題になっています。もっとも、新幹線車両の寿命は200キロを超える高速で長距離を走ることからも、通常の車両より短いということなので、最後まで使用された0系も開業時の車両ではない。
0系のスタイルは新幹線開業時から44年走り続け、1980年代になって、100系と呼ばれるグリーン車や食堂車が二階建てになった車両が現れるまでは新幹線といえば、この型。小学校6年生の時の大イベント、東京オリンピックと並び、新幹線開業は大ニュース。 それまで、特急で6時間半かかっていた東京大阪間、最初はひかりが4時間。1年経過した翌年からは3時間10分と在来線当時の半分の時間。飛行機を使わなくても、東京大阪間で、日帰りが簡単に出来るようになって、サラリーマンの出張が厳しくなったにも仕方ないくらいのスピードアップ。 最初に新幹線に乗ったのは、開業した翌年の夏、大阪、和歌山にいる親戚を訪ねるため、当時は中学1年生。一年前、初めて、在来線特急に乗って行ったときに感じた華やかさはなく、無機質で、今思えば、一時主流だったスチールのオフィス家具のような内装が印象的。東京大阪間の移動が特別なことではなく、日常的なこと、つまり、ハレからケになった感じを受けたのではと今思えば。 食事前に予約を取りに来た食堂車はなく、当時は立食の軽食堂ビュッフェだけ。もっとも、博多まで延長した1975年に復活した食堂車も、700系のぞみでは売店もなくなり、車内販売か、乗る前にデパートや駅で買うか、あるいは車内では食べないというのが普通に。現在ののぞみの本数は通勤電車以上、効率的な移動手段として、ますますみがきがかかっています。 もっとも、品川新大阪間最速2時間19分でも、拘束時間が約1時間と短い飛行機を選んでいるようでは、電車に乗ることが好きとは豪語できない私ですが、確かに2時間以上乗っていると列車も長いなと感じるのだから、日本国内どこにいっても、最長2時間乗車というのが出張での移動手段を選ぶ基準。 この傾向が始まり、私のように我慢のない利用客が増えてきたのも、0系新幹線車両の登場から。時代が変わっていくのは仕方ないと頭ではわかっているものの、新幹線車両のシンボルが消えていく寂しさは確か。東京大阪間の夜行急行銀河廃止の際は、その4ヶ月ほど前にお名残り乗車をしましたが、今度はその機会もなし。 おまけに山陽新幹線に乗る機会も少ないので姿も見えず。もっとも、最長16両編成で走っていた0系も、最後は4両とか6両とかの短編成。名残惜しいとは思うものの、イメージは昔のままの方が良いみたい。ご苦労様でしたという感じ。
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今日も思いつくまま・・(2008年11月17日) |
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初めて、南半球の国、オーストラリアに行きました。ちょうど、季節が反対で、これから夏。もっとも、シドニーは比較的おだやかな気候ということで、11月は夏というより、東京だと春。半そででは、少し寒く、上にはおるとたまに暑さを感じるという具合。乾燥しているので、もう少し暑くてもラク。
街がイギリス風ということ、クルマが右ハンドルなので、初めてでも、懐かしさを感じたのがシドニーの第一印象。それでも、国への外来種の持ち込みは厳戒体制で、食料品は原則廃棄処分か、検査の上でないとだめ。もっとも、成田空港でのおみやげなどは、信用があるらしく、ジャパニーズスイートと言ったら、そのままOK。 街を歩いていて、ふと気がついたのは、クルマの音、モノレールや路面電車など公共交通機関の音と、人がしゃべったり、歩いたりする音を除くと、テープでの音声や、呼び込みなどがなく、静かなこと。オーストラリアで慣れた人たちが、新宿の家電量販店が並ぶ地区に足を踏み入れるとどうなるか、興味深いところ。 もっとも、にぎやかさも異国情緒と感じれば、なんてことないかも知れませんが、街の静かさは特筆もの。呼び込みや商売だけでなく、電車の中のアナウンス、しゃべる自動販売機などなど、音のあふれる日本。誰も聞いていない注意、ただうるさいだけ。 ところが、最近のタクシー、メーターを押して走り出すと、テープでシートベルトを着用してほしいという声。やはり、聞くと気になり、シートベルトを着用。運転手さんに寄れば、テープの効用は大きく、8割の人がそうだなと納得して着用。 ということは、無意味と思われるようなテープ音声でも、日本人は自分も含めて思ったりより素直。じゃ、意味があるなら、と思ったりもしますが、静かなシドニーの街、いつもせかされているような新宿の街にくらべ、ゆったりした気持ちになるのはこちら。ということで、シドニー、居心地の良いところでした。
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今日も思いつくまま・・(2008年11月10日) |
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アメリカ大統領にオバマ候補が圧勝。黒人初の大統領。民主党の大統領としてクリントン以来8年ぶり。対するマケイン候補はブッシュ大統領の不人気、副大統領候補のペイリンアラスカ州知事、最初40代、女性ということで評判が高かったものの、途中で自滅するようなことが続いたり、経済危機に対する対応が逆風になったり、及ばなかった。
民主党候補が決まるまで、ヒラリークリントンとの戦いは最後まで決まらず、アメリカ中が大騒ぎ。黒人と女性という、どちらになってもアメリカ初の大統領。国民は変革、チェンジを求めるというのが、この結果。元大統領夫人で、政策にもかかわったという経験ではなく、ブランニューが選ばれたということ。 いかにも、自由、平等のアメリカらしく見える。が、アメリカで生活をしていて気づくのは、黒人と白人が一緒に食事をしたり、カップルで歩いているのが少ないこと、ニューヨーク郊外の白人コミュニティでは、黒人だけでなく、東洋人も差別されていると思える雰囲気。実際、そんな街を歩いていて、「ジャップ」と呼ばれたこともあり、街全体が入り口からゲートのある監視社会。 女性に差別がゼロということはなく、男性だけが入れるクラブとか、会社の中での差別など、すべてに平等と言えない状態。それでも、アメリカがすごいと思うのが、これらの差別をある程度残しながらも、克服しようと最大限の努力をしていこうという姿勢と実際の行動。 一旦、克服しなければいけない問題と認識すると、一気に、運動論としての見える化を行い、社会全体がその方向になる。昔の禁酒法など、同じ趣旨かも知れません。今の禁煙、嫌煙も同じ。そのスピードと行動力は学ぶべきもの。実際には根深い問題があっても、取り組んでいるという姿勢で、先進的に見えるのがアメリカ。 日本からすると、なじみの深いマケイン候補に当選してほしかったのかも知れませんが、アフガニスタン、イラク問題、経済危機、格差や貧困という問題を解決する希望のある、新しい風が必要だと判断をしたアメリカの気持ちは、同じように閉塞感のある日本人としても理解できるような気がします。 大統領選の年は行った年の1996年のクリントン再選、2000年のブッシュ当選の二回経験しましたが、国全体が大統領選に参加をし、しらけているというムードなく、われわれの大統領を選ぶという熱気。ブッシュ大統領時代の8年間、9.11のあとのわずかの期間を除き、われわれの大統領というムードにならなかったのは珍しいのでは思うくらい、選挙は選挙、大統領は大統領。クリントンは多くの私的問題があっても、人気があるという感じ。 面白かった今回のアメリカ大統領選。恐慌や第二次世界大戦のあと、パックスアメリカーナの時代になって以降、力強い、世界の警察官としてのアメリカが、足元から金融危機、経済不安というきびしい状況の中で、世界への指導力を維持することができるか、まだまだいろいろなことがありそうです。
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今日も思いつくまま・・(2008年11月3日) |
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いつも利用するのはJAL。慣れているので、ラクに使えるというのが実感。ANAに乗るのはJALの飛んでいないところか、JALが満席でANAが空いている時。周囲に聞くと、逆のケースが多く、珍しがられる。それでも、機内のアナウンスから、しきたりまで慣れていないANAには違和感を感じる。これは趣味の問題。
もっとも、相性の問題もあり、ANAを利用したときに、あれっと思うこともあり、それもなんとなくJALの方が良いやと感じることに。ANAの常連となれば違うのかも知れませんが、不思議なもので、サービス面で疑問に思うようなこともあり、慣れていないお客に冷たいと思わせるのが得策ではない。 これはANAのせいではないと思うものの、羽田空港第二ターミナル。第一ターミナルは左右対称で作っているので、大阪や、札幌、福岡など真ん中に近い便の移動が少なく、地方空港便が両端で遠くはなるが、極端ではなく、しかも出発、到着通路が一緒なので、ややごちゃごちゃするものの、通路も広く移動しやすい。 一方、第二ターミナルは出発、到着が分離されていること、左右対称ではないため、片方に寄ったゲートも多く、永久に着かないのではないかと思うくらい、何もない廊下を延々と歩くという感じ。お年寄りや妊婦の人へのケアは動く歩道だけでは不十分に見えるくらい。 空港での移動距離は以外に長く、動く歩道や電車、あるいはカートの活用など、世界中、どこでも苦労をしていますが、羽田空港第二ターミナルはその中でも移動苦痛度が高い。アメリカの空港では大きな荷物を持っていると、カートのドライバーが声をかけてくれて、余裕があれば健常者でも乗せてくれる。 先週、行った富山もANAだけ。往復ともにほぼ満席。新幹線が出来ると3時間弱となり、これまでの経験からいくと、航空便が壊滅的になる可能性もあって、増便ということにはなっていないようですが、ビジネスマンの往復と観光客でにぎわっていました。往きの便はターミナル中心部のゲート発でしたが、帰りは端のゲート。到着ロビーに出るまで、しっかり移動しました。
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今日も思いつくまま・・(2008年10月27日) |
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出張で一番、多く使うのは伊丹空港。橋下知事が伊丹空港を廃止し、関西空港に集中したらどうかと言われているようですが、便利なのはこちら、上手に乗り継ぐと、モノレールの大阪空港駅から大阪梅田まで20分。朝でも20分少しで着きます。和歌山に近い関西空港だと、大阪中心部まで約1時間。便利さには勝てません。
空港アクセスでは、成田空港の遠さが話題になります。羽田空港の拡張、国際化で、成田空港の相対的な地位が低くなるという話があり、確かに深夜便だけということみたいですが、香港に続き、パリへの便も羽田空港から出るということになりそうです。成田まで東京駅から1時間、羽田だと30分。 出張で飛行機を使って、アクセスが一番便利なのは福岡。地下鉄で博多駅まで10分もかからない。つまり、本当の街中に空港があるということ。便利に使いながら騒音問題、大丈夫かなと心配するのは、大阪伊丹空港も同じ。少し時間がかかるが、電車が頻繁に走っているのは札幌。 普通はバス。街中まで30分から1時間くらい。リムジンバスということで、バスは立派になったものの、飛行機の便数が少ないと、便にあわせての運行になるので、街中からの便もしばらくないという時間帯もあり。地元の人はクルマを使うのが普通でも、旅行者はバス利用なので、移動時間が制約されてしまいます。 街中では、歩くか、タクシー、地下鉄、移動距離も少なくなりますが、一番旅行気分も味わえるのが、空港からの移動。となると一番つまらないのは一番便利な福岡。地下鉄なので、車窓は真っ暗、乗客観察だけ。福岡以外では、外が見えるので、窓際に陣取って、往きと帰り、違う景色を見られるように、バスでは同じサイド、電車では違うサイドの席に座ります。 先日の広島、普通はバスで行くところ、山陽本線白市駅までバスに乗り、そこから電車。バス直行便にくらべ、20分ほど余計にかかるものの、のどかさは格別。通勤時間帯を少し過ぎた時間でしたが、途中までガラガラ。このルートを選んだ人は10人ほど。遅めの通勤客気分も味わい、車窓を楽しみ、ささやかですが、最上の旅でした。
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今日も思いつくまま・・(2008年10月20日) |
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山手トンネルが14日に開通。板橋のジャンクションで8月はじめ、タンクローリーが横転して炎上。その結果、高速道路の構造自体に重大な影響がおよび、2ヶ月半、復旧にかかったことになります。たまたま、炎上しているとき、二階建ての上階になる中央環状線と池袋へ向かう高速5号線との合流を走り、消化液がクルマにかかったあと、すぐに通行止めになってからです。
首都高はカーブが多く、ジャンクションでは、合流して離れていく間に、車線変更をするという技能も必要だし、いかに減速せずに通り過ぎるかということで、初心者や地方から来て、初めて首都高を走ったクルマが戸惑っていることもあり。板橋のジャンクションの下階を中央環状線、山手トンネルから、東北自動車道方面に抜けるときはいつも緊張。 空いていればラクだけど、クルマのスピードが速く、カーブの急なところであわせるのはひとつの技。慣れないとこわいだけ。混んでいると、今度はクルマの切れ目を捉えるのが大変。気がつくと車線変更できずにそのまま高島平方面に行ってしまうという危険もあり。 首都高には同じような合流が他にもあり。スピードを落とさずに抜けられたときは快感。事故の起こった8月、タンクローリーも調子よく、速度を落とさずにカーブにかかったのではと思います。早朝ではなかったので、居眠りではないと思いますが、重たい石油製品を満載し、曲がりきれずに事故だったようです。 かかった費用と通行止めによる損失の合計は45億円になり、タンクローリーの会社だけでなく、荷主にまで請求訴訟を起こすという報道で、金額の多さにびっくりしたものの、運転手の過失とか、逮捕という報道はなく、おそらく、居眠りや大幅なスピード超過のような重過失はなかったのではと思います。 トレーラー型のタンクローリーは危ないなと思ったことがあります。早く目的地に着くため、スピードを上げ、流れを止めていないとホッとはしますが、隣に並んだときなど、大丈夫かなと心配。とは言うものの、再度、開通したので、気持ちの良い今日、走ってこようと思っています。安全運転で。
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今日も思いつくまま・・(2008年10月13日) |
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レギュラーガソリン200円も間近という状態から、少しづつ値下がりし、150円台の看板も報道されるようになってきました。ガソリン値上げやガソリンに含まれる暫定税率が一瞬間なくなったことによる値下げと値上げなどで、走るクルマの絶対数が減り、首都高の渋滞が減少したり、郊外の店への来店客が減ったりという報道。いくつかは実感し、なるほどと納得。
さて、このまま、下がるのかどうかという見極めも出来ず、また、クルマに乗らない生活にもそこそこ慣れると、すべてが戻るわけではないのではと思います。自分自身、昨年今のポストに就いて、前任者が契約していたハイヤーを8月下旬にやめ、移動は原則電車かバス、必要に応じタクシーにして1年以上経過。 会食に招待された時など、ハイヤーをお願いしたのは2回。もう少し使うかなと思ったので意外。タクシーはそこそこに使うことがあっても、明確にタクシーが早いと思われるときや、車内で電話をかけたいときなど。それでも2000円以上乗ることはまれ。ちょっとそこまでという利用がほとんど。 もっとも、最近のクルマ減少のおかげで、渋滞が減り、タクシーのご利益が増え、早く着きすぎ、待つということもあり。ガソリンの値段が下がるとまた渋滞が増えるのではとも思いますが、クルマに乗らないことで不便がなかったり、節約になったりなど、そんなに増えないのでは。 いつ着くかわからなかったバスも定時運行が増えて便利に。最近バスに乗ると時間調整で待ちますというケースあり。つまり、時刻表より早く着くとうこと。今までは遅れるのが当たり前というのが常識。空気もきれいになり、歩くので運動になって、しかも節約と良いことづくめ。クルマを運転するのは大好きだけど、これはこれで良いなと実感しています。
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今日も思いつくまま・・(2008年10月6日) |
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大阪への出張、飛行機で伊丹空港に着くと、大阪モノレールで蛍池駅、そこから阪急宝塚線で大阪梅田へ。会社へは大阪駅からJR大阪環状線外回りで、京橋駅。ちょうど、飛行機は京橋近辺の上空を1時間ほど前に飛ぶので、オフィスに入るころ、次の便が上空を飛んでいるのを仰ぎ見ることも。
6時25分に羽田を出る便だと、オフィスへは8時30分前に到着。ラジオ体操をして、朝礼に出席。と、早起きをするメリットあり。すばやく、乗り換えるため、大阪の私鉄で使えるJR西日本のICOCA(行こか?)というICカードを購入。東京からの出張者が切符を買ったり、プリペイドカードを使っている横で改札口を通過。 JR東日本のSUICA(すいすい行けるカード?)で乗れるのは、JR西日本だけ。関西の私鉄はPI・TA・PA(ピタッとかざしてパッと通る?)というカード。なぜ、PI・TA・PAを買わないかというと、こちらは無記名式がなく、どこかの私鉄のクレジットカードに入る必要があり、面倒だということと、大阪中心のクレジットカードを使うメリットを考え、無記名で帰るICOCAにしました。 ICOCAで乗れるのだから、同じ理屈のSUICAで阪急や大阪モノレールに乗れれば便利。逆にICOCAでは関東の私鉄やバスに乗れないので、今のところ、オールマイティなカードはなし。SUICAだと、JR東海のトイカ(東海地区のカード?)に乗れ、今後、JR九州、JR北海道地域でも使えることになるらしく、関東地区の私鉄のエリアを考えると、SUICAが最強。 昔、テレホンカード全盛時。おまけをつけるという要望が強く、1000円カードで50円分、今はない3000円、5000円ではそれぞれ、200円分、400円分余分に使えた。この考え方は、JRのオレンジカード、バスカード、高速道路のハイカなどでも採用されたのが、そのまま自動改札に入れることができるJRのイオカードからおまけなしに。 今でもバスに乗ると何回かに一回おまけがついたり、ポイントを貯められるようになったりしているものの、基本的にはSUICAのおまけはなし。しかも、カード購入には保証金(デポジット)500円が必要。そのせいか、所得水準の高いところを走る阪急電車の改札はすべて非接触型ICカード対応なのが、庶民的な南海電車や近鉄電車では対応する改札口が少ない。 一度、非接触型を使い慣れ、おまけにオサイフ携帯にしてしまうと、カードで使うICOCAでさえ、面倒な気がするのは勝手なもの。便利になるということは、元に戻るのが難しい。久しぶりに切符を買うと、新幹線などの長距離に比べサイズも小さいので、降りるまでになくさないかと不安。ひとつの機能が退化したみたいです。
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今日も思いつくまま・・(2008年9月29日) |
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急に涼しくなりました。30度の日があったかと思うと、最高気温が20度台前半に。半そで、サンダルだと、寒いと感じるほど。ゆっくりと秋になるというより、急に季節が変わる感じです。冬と夏が長く、春、秋があっという間に過ぎていくニューヨークの気候にも似てきた感じがします。
先々週からのトピックスは、麻生内閣誕生と、外資系証券会社の破綻、救済、合併の話。麻生内閣の方は衆議院、参議院のねじれ現象のままの発足で、民主党が壊れない限り、不安定な状態が続くことになるので、さて、これからどうなるのかという感じ。解散、衆議院選挙がいつになるか、自民党圧勝だった前回の結果がどうなるか、興味本位でおもしろい。 外資系証券会社の方はびっくり。ニューヨークに勤務していたころ、1996年から2003年までの間は外資系証券会社がもっとも華やかだった。ゴールドマンサックス、メリルリンチ、モルガンスタンレー、リーマンブラザースなどなど、営業で訪問したり、投資案件その他で接触も多かったから余計。 興銀はじめ、日系金融機関から転職をする人も多く、ディールの成功で多額の報酬をもらうとか、うらやましく思ったのもついこの間。マンハッタンの中心にこれらの会社の本社が次々とオープンしたり、日本での活動も活発になって、当時元気のなかった日系金融機関に比べると、目立ったなという印象。 栄枯盛衰、会社の寿命など、永遠に続くと思う方が間違いとわかっても、驚きはなかなか消えない。もっとも、急激に成長したり、拡大したりする会社の破綻を見ると、どこか、いびつなところがあったのだと気づく。江戸時代から安定的に営々と続く会社は拡大路線を取っていない感じ。きびしい経営状態の老舗、三越を見るとなるほどと思う。 ということは、今、立派な会社でも、うかうかすると、何が起こるかわからない。その兆候を見つけて、変ることができるかどうかが生き残れるポイント。一度、おいしいものを食べ、贅沢をすると、なかなか戻れないのも事実。外資系金融機関破綻、麻生内閣誕生のニュースを見て、感じたこと。
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今日も思いつくまま・・(2008年9月22日) |
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オフィスの近く、麻布十番。六本木ヒルズのそば、隠れ家のような店が点在しているおしゃれな街。芸能人や外国人も多く、少しどころか、普通と大分違う雰囲気のある街。歩いている人ウオッチングだけでも楽しく、飽きずに散歩が出来ます。
中心は麻布十番商店街。一ノ橋から、六本木の方に向かう一方通行の通り。広い通りは新一ノ橋からなので、昔からの通りはここ。ちなみにオフィスのあるのは二ノ橋のそば。二ノ橋から六本木方面への道は途中から坂になり、名前が仙台坂。江戸時代には仙台藩の屋敷があったところ。今は、坂の途中に韓国大使館。 麻布十番商店街は、傾斜がなく、六本木ヒルズに向け、少し曲がりながらつづく道。両側には店。有名なのは豆菓子の豆源、やきとりのあべちゃん、少し横丁に入ったところにあるたい焼きの浪花屋、せんべいのたぬきせんべい、おそばの永坂更科などなど、おいしそうな店がたくさん。 不思議なのは、おしゃれな街なのに、ルイヴィトンのようなブランドショップがないこと。地元の店中心の元町商店街でも、ブランドショップがいくつかあり、ブランドショップ花ざかりの六本木ヒルズに向かう道なのにという感じ。商店街が団結をし、土地を売らないという方針が徹底している証拠。 マクドナルドやスターバックス、コンビニがあるほかは地元の店ばかり。魚屋、八百屋、書店などなど、近頃、至るところに出現したシャッター通りとは正反対の商店街。六本木ヒルズが出来、大江戸線、南北線の駅が出来て、来る人も増え、多分、日本一にぎやかな普通の商店街のひとつ。 戸越銀座や、大阪の天神橋筋の大商店街など有名でにぎやかな商店街とは少し趣が異なり、普通の郊外の街の商店街という風情。おしゃれな街のそば、おしゃれな人たちも大勢歩いている普通の商店街。楽しく、散歩が出来ます。みなさん、どうぞ、お越しください。
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今日も思いつくまま・・(2008年9月15日) |
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日差しは厳しくても、秋を感じる涼しい風が吹くようになりました。アパートのある代々木4丁目の地域、西参道の横、山手通り、甲州街道の三方を走る高速道路まで、それぞれ、遠くても数百メートルにもかかわらず、騒音があまり聞こえず、風が通るためか、空気もきれいに感じます。
住めば都ですから、採点が甘くなっているかも知れませんが、それでも、アパートのあるブロックまで来ると、静かで風通しが良いと、住んでいない人も感じてくれるようです。最初に、アパートを見た時にも感じたことが、住んでみても変わりません。 なぜか、科学的にはわかりませんが、近くにある明治神宮の森、代々木公園、そして多くはありませんが、京王線が地下にもぐったあと、玉川上水に蓋をした部分とあわせた緑道や、西参道の並木、少し離れていますが、新宿中央公園、新宿御苑や、神宮外苑など、緑が周辺に多いことが原因かなと、非科学的に納得しています。 緑が音を吸収し、気持ち良い風を吹かせて、空気を浄化してくれているのではと信じています。本当にその理由かわかりませんが、静かで空気がきれいなのは確かです。もっとも、囲まれているそれぞれの道路も、同じような条件ですが、エアポケットのようなアパートのあるブロックと違い、さすがにクルマの音はうるさいというレベルです。 道路に囲まれ、道路より低くなっているので、騒音ときれいでない空気が上空を流れているのかも知れません。我が家は二階ですが、ひょっとすると、上階、5階とか6階だと、音も空気も違っているのかも知れません。行ったことがないのでわかりませんが。 ということで、秋を感じています。アパートの前にあった銀行の社宅あとが、ワンルーム中心の規模の大きいアパートになり、反対運動になるかもと思いましたが、建ってしまいました。やはり、音も空気も吸収してくれているのか、予想とは違って静かでした。三方高速道路が至近にある不思議なブロックですが、静かで良い空気、ありがたいことです。
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今日も思いつくまま・・(2008年9月8日) |
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この夏行ったニューヨーク。二年ぶりの里帰り。サブプライム問題での影は表面、ほとんど感じないで、いつもと同じ、というか、ますますきれいになり、街には観光客が一杯。特にユーロ高でヨーロッパからの観光客が多くなっているらしく、確かにアメリカ人とは少し趣の違う白人が目につく。
一番先に気がついたのは、道路のデコボコが減り、クルマやバスの乗り心地が良くなったこと。空港からマンハッタンへの高速道路も永遠に工事をしているのではと思っていたのが、やっと終わったらしく、見違えるほどの道路に。それはマンハッタンでも同じ、東京に比べれば、まだまだでも、大分ましな道路に。 街を歩いている人の感じも同じ。ホームレスが増えたということもなし。と、アメリカでも特別な街、マンハッタン、ニューヨークに不景気の影はなし。サブプライムに苦しむ大手金融会社も、まだまだ、立派なビルに入居しているし、ホテル代はこの1年で急上昇。普通のホテルが500ドルとか600ドル、つまり、一室一泊6万円にもなるということ。 去年、予約をしたので、半額みたいな値段で泊まれたものの。ロンドンはもっと高いということで、東京で高いと言われる外資系のパークハイヤットや、リッツカールトン、ペニンシュラなどの値段がニューヨークやロンドンでは普通の値段。東京のホテルの値段は、主要都市では世界一安いというのもなるほど。 それでも、初乗り800円にもなるというロンドンほど、物価が高くはないし、安くすまそうと思えば、ホットドッグやデリ(食料品店)のサンドイッチなど、それなりの方法もあり、高級レストランの値段も、ワインを控えれば、東京よりかなり安く、観光客にはありがたい。 きれいになったおかげで、安全度も増したようで、東京の方が怖いかなと思うくらい。とは言え、神経を張り詰めているということでは、東京とは異なり、戻って、成田に着くと、感じるのは蒸し暑さと安心。ということで、旅行を終え、家に帰ると、やっぱり家が一番というのが実感。それでも、また行きたくなるのがニューヨーク、何もしなくても、そこで息をし、街にいるだけで感じることができるのが魅力。みなさんもどうぞ。
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今日も思いつくまま・・(2008年9月1日) |
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あれっ、値段が上がっているなということが増えています。外食をしたり、スーパーやコンビ二で買い物をしたとき、気がつきます。ガソリンから始まり、小麦などの穀物系などなど、ここのところ、値上げということが少なかったので、余計、感じます。
ニュースなどでは、家計に直撃、クルマを使わない、郊外のファミレスに行くお客が減るとか、電車やバスが混むなど、財布のヒモをしっかり締めるということが報道されています。一つ一つの値上げのインパクトがさほど大きくなくても、合わせてみると出費が増え、このまま、値上げが続くのではとの予測をすると、お金を使えません。 板橋の事故で、山手トンネルが一部通行止めになるまで、空いていた首都高や、海外への観光客の減少、安い長距離バスの盛況、熱海や江ノ島など、首都圏から近場の行楽地へのお客が増えるなど、数字が節約を物語っています。原油価格が落ち着き、大分下がったことで、ガソリンの値段も値下がりにはなりますが、それでも、物価は上がるということが刷り込まれた消費者が財布のヒモを緩めるということはなさそうです。 その上、給料が上がらないということも刷り込まれています。バブル崩壊後は、給与が下がる、正社員が減る、リストラなどなど、サラリーマンにとって逆風が吹き続け、よく言われるように、格差が広がり、片方で貧困層が増え、一方で、お金持ちも増えるという状況もあり、ますます、消費を控えておこうという気になるのも当然です。バブル崩壊後の景気回復も、企業の輸出や中国進出などによるもので、日本で働いている普通のサラリーマンへの分配には回ってこなかったこともあり、高度成長期のように、これから豊かになるという期待も希望もないということになります。 という思いで、街を歩くと、確かに、高額の時計を展示した三越のウオッチフェアがそこそこに混んでいるし、商談をしているなという様子もあるものの、普通のデパート売り場の閑散としていることに気づきます。毎週末に出来た駐車待ちのクルマの列も、フェアの週以外は短くなったり、待ち行列なしということもあります。 みんなが節約をし、安いものだけを買うということになると、ますます、給与を上げることが難しくなり、雇用も増えません。それでも、財布の中身を考えると、少しでも節約をしなければとういうのは、当然の行動。そこへマスコミの報道で、危機感をあおると余計です。街を歩くと不安になります。未来に希望のあることを探して歩きたいものです。
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今日も思いつくまま・・(2008年8月25日) |
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レクサスがトヨタの高級ブランド店としてスタートして3年だそうです。アメリカでの大成功、ヨーロッパやアジア諸国への進出をバックに、日本へ逆進出、話題になって3年。日産の高級ブランド、インフィニティ、ホンダの高級ブランド、アキュラもアメリカで、そこそこの成功しても、日本での展開までは決断できず、レクサスが先行。
メルセデスやBMWに独占されている高級車市場でのシェア拡大、外車からの乗り換えを目的にスタート。何回か試乗したいと言って訪問。丁寧な対応には違いないが、慇懃という感じ。最初のころは何度も試乗のための個人情報を記入しても、ダイレクトメールは来ないまま。乗っている外車もそこそこなのにと思ったのが第一印象。 クルマの方は、以前、トヨタアリストだったのがニューモデルでレクサスGS、アルテッツァのニューモデルがIS、ソアラはそのままの形でマークを変え、値上げしてSCという名前でスタート。試乗したGSとIS、外車かぶれと言われそうだが、雰囲気はトヨタそのもの、一番感心したのは、マークレビンソンというブランドの輸入オーディオ、この音を聴くだけでも買う価値あり。 そのあと、セルシオのニューモデルがLSとして登場し、ハイブリッド版も出て、大分持ち直したものの、トヨタの目論見にはまだまだ。アメリカでの最量販車種、RX(ハリアー)、ES(カムリの高級版、以前はウインダムとして販売)がないのは気の毒。ついに、次期ハリアーはトヨタとレクサス両方で登場するらしいといううわさ。 最初は高飛車な感じだった対応も、最近は大分違って、ご案内も丁寧に来るようになり、しかも、名寄せが出来ていないらしく、必ず二通。もっとも、二店舗行ったうちの一店舗は何もなし。レクサス店の前を通るたび、感じるのが敷居の高さ、そしてガラガラの店内。 一般のディーラーみたいにのぼりを立て、子供向け、主婦向けイベントを開催したくても、ブランドイメージを守るということではなかなか出来ない。外車ディーラーでも、さすがにベントレーやフェラーリだと試乗させてくださいと言いにくい感じがあり、入りやすくはないものの、他のブランドはレクサスより入りやすかったというのが実感。 DMが来るたびに、冷やかしで出かけて行ってごめんなさいという気持ちになるものの、クルマが売れなくなっているというこれからの時期、どうするのかなと心配。気楽にノベルティをもらいに出かけ、自分で買わなくても、良いクルマだと宣伝できないのが正直なところ。とは言え、今度のイベント、久しぶりに行ってみようかなと思ってはいますが。
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今日も思いつくまま・・(2008年8月18日) |
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北京オリンピックが始まって一週間。立派な開会式の演出が話題になり、子供の歌唱が口パクだったとか、始まる前、中国の政治問題が色濃く反映した聖火リレーや大気汚染云々と、いろいろ言われたものの、毎日、どうなっているかと興味を持ち、日本選手の活躍があると喜び、何度もメダルシーンの見られるダイジェストにチャンネルを合わせる機会も多くなっています。
日ごろは興味がなく、ルールもわからないケイリンやフェンシングで日本選手がメダルを取ると、新聞やテレビ、ネットでの説明を熟読し、知識が増えるというのも、自分なりに微笑ましいと言うか、やはり、日本選手応援になるのをあらためて実感します。負けて悔しがっている自分に気がつくのもオリンピックならでは。 もっとも、野球やソフトボールがオリンピック種目となるのは今回が最後という理由が、テレビ放映の際、時間の決まっているサッカーなどとちがって、いつ終わるかわからないということだったり、これもスポーツなのかという種目が登場したりするなど、ショーとして、ビジネスとしての側面が強くなっているとマスコミも指摘しているものの、始まればテレビに釘付けということでは、スポーツ観戦そのものがもともとショーだったことに気づく。 東京でオリンピックが開催された1964年は小学校6年生。首都高が出来、新幹線が出来て、これからの右肩上がりに疑問を持たず、戦後復興から約20年、復興から成長へということ、豊かになっていくということを子供ながらに実感。北京も中国も、オリンピックを機に、名実ともに先進国になるという意思を強く感じたのが開会式の大掛かりなこと。 昭和を36年間生きた者として、昭和時代という言い方で、明治時代、大正時代と同列に言われると違和感を感じるものの、すでに平成も20年。東京オリンピックから44年。豊かさを感じた結果、失ったものへのノスタルジーが最近ブームになり、その象徴が三丁目の夕日。人工的な近代都市と、歴史的な故宮や小住宅による古くからの街並みである胡同(フートン)が同時に存在する北京をテレビから見ていると、44年前の東京と同じ。 こんなことを考えると、2016年にもう一度、東京でオリンピックをやろうと思っても、どうしてやるのかという疑問が消えない。もう東京を壊さなくてもいいじゃないかと思う。東京の混沌の象徴みたいな築地市場の豊洲への移転が、豊洲のガス工場跡地の土壌汚染でストップというのも皮肉な感じ。などと思いながらも、ついついチャンネルを合わせ、ネットで検索し、オリンピックを見てしまいます。
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今日も思いつくまま・・(2008年8月11日) |
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ホテルでのチェックアウト、順番に並んでいたところ、カウンターの係員が増え、次の方と言った時、ちょうど、前に並んでいるオランダ人と思われるキャビンアテンダントがおしゃべりをしていたら、さっとひとりの男性が横から、列を全く見ないでカウンターへ。
係員もそのあたりの状況も見ず、チェックアウト開始。おしゃべりに夢中の前の女性たちは全く気づかず、カウンターから離れていたので、並んでくださいとも言えず、そのまま。自分の番になったとき、係員にあの人は一番後から来た人だと言ったが、反応はそのことでなく、お待たせして申し訳ないということ。 思い出したのは、数年前、成田空港。入国手続きの前、歩いてきて、近くになると、そのままの順番で入る感じになったのに、ひとりの男性、会社では役員風の人がさっと後ろから横入り。アメリカではというのも妙ですが、順番ではいやな思いをした記憶のない、ニューヨーク暮らし。そのあと、地下鉄でも紳士然とした人の横入りを見て、がっかりしたこと。 もっと、大昔、ロンドンのマクドナルドで、自分の列に横入りをした人がいたのに何も注意しなかったということで、後ろの男性に怒られたことがあります。英語に慣れていなかったので、アジア風スマイルで、心の中で、しまったという気持ちと、そうなのかと感心したことがあります。 先週末から始まった北京オリンピック、北京で有名なのは、大気汚染のほか、地下鉄バスで並ばないと言われているほどですが、昨年11月行ったときは、当局の指導もあったようで、結構整然と並んでいて感心。これじゃ、日本の方が並ばないのではと思ったくらい。 という具合に、整然と並ぶことが出来るかどうかは民度の基準になると考えられていますが、日本での経験は、紳士然とした人や、ある程度ステイタスのあるホテルでの出来事。朝のラッシュ時の駅での行列のお行儀良さは芸術的なのにという感じ。自分もそう見られないよう、気をつけなければとあらためて痛感。
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今日も思いつくまま・・(2008年8月4日) |
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本を整理しました。実家に置いてあった本、昨年亡くなった父の本を片付けるということで、去年から、やらなければと思いながら、なかなか進まなかったのですが、どうしてもという時期になり、バタバタと進めることになりました。何冊あったかを数えませんでしたが、雑誌やカタログなどを合わせると数百冊から千冊くらい。
貴重本があるわけではありませんが、全集や初版本、古い雑誌などもあり、ある程度の価値はあるかなという期待もあり、神田神保町の古本屋に下調査をしたり、オークションに出したら、どうなるかなと目論んだりもしましたが、本を処分するという目的自体が億劫で、そのままにしていたので、結局一部を引き取った他、二束三文でした。 神田神保町古書店マップを見ながら、数店で聞きましたが、今時、同じように本を処分したい人も多く、余程のことがないと、送って来られても迷惑、出張査定もしないということで、まずは目録作りが必要でした。売り手市場ではなく、買い手市場。 調べたり、人と話をした結果、価値のあるのは、残っている確率の少なく、欲しい人が確実にそこにいるという本は売れるという、当たり前のこと。たとえば、鉄腕アトムの古い単行本などなどです。昔あったのは覚えていましたが、捨てた記憶あり、ありませんでした。 例え、価値のあると思っていたものでも、買いたいという人がいないと無価値、郊外の古書店の前で、立派な全集が二束三文で売られていたのを見るのはつらいことでした。などなど、考えていただけで、アクションを起こさず、処分することになってしまいました。チェーン店のブックオフでも、引き取ってもらった世田谷区の古書店でも、立派な作家の個人全集は基本的にゴミだそうです。 公共図書館でも、需要である新刊本や何冊あっても良いベストセラー以外は寄贈も迷惑だという報道もあり、悲しくても、処分は処分。最近、新書を読んだあとは、返す必要なしで人にあげるようにしています。迷惑だとは思うものの、置いていても、再読しないし、どんどん増えるので。 大事にして、自分のそばに置き、いつかは読みたいと思っても、物理的なスペースを考えると限度あり、ということで、処分せざるを得なかった、大事な本、戦災で焼けても残った本は数十年我が家に、自分の本でも、いつ買ったかというシーンを思い出せる本もあり、つらいことでした。次は引き取った本を収容するため、自分のアパートの本の整理、まだまだつらいことが続く、暑い夏です。
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今日も思いつくまま・・(2008年7月28日) |
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最近、バスに乗ることが増えています。オフィスが広尾にあったオフィスが新橋に引越し、私のいる麻布二ノ橋のビルとの間で行ったり来たりすることが多く、その時、渋谷新橋間の都営バスを使うと15分ほどで移動できます。以前は歩くか、電動自転車、またはタクシーでしたが、バス停が両方のオフィスの近くなので、メインはバスです。
バスの乗客の中心は、パスを持っている高齢者の方。生活路線らしい雰囲気と、パスで乗れるのが路線バスと都電、都営地下鉄で、東京メトロとJRに乗れないので、山手線内の移動手段として、活用されています。また、われわれと同様、仕事での移動、通勤客も多く、賑わっています。 このバスは、昔の都電、渋谷から恵比寿、天現寺橋、古川橋、麻布十番、赤羽橋を通って、大門そばの金杉橋まで走っていたルートが40年以上前に廃止になった代わりのバス路線。地下鉄が不便な地域を走っていたことなどで乗客も多く、バス停の発着情報提供なども早くから行なわれ、本数も多い。 最近のバスは、低床式といわれるノンステップバスが増え、乗り降りがラクになっています。もっとも、タイヤやエンジンのため、バス後部と低床部分との段差は大きく、また、前のタイヤの上にある席はどっこいしょという感じです。低床部分は年齢の高い方、比較的若い乗客は後ろというすみわけが行なわれている感じです。 バスから見る景色は、歩くのとも、クルマとも違い、目線の高いところから見るので、乗るたびに発見があります。バスの乗り降りにも時間がかかりますが、ゆったりと時間が過ぎているなというのが実感。それでも、最近の交通量減少もあり、15分あれば新橋まで着くので、歩いて深いところに降りる地下鉄大江戸線より早いくらいです。 昔は、バスはいつ来るかわからない、不確実で、路面電車ほどではなくても、クルマの邪魔になるという感じでしたが、最近のバスは加速も以前よりよく、いつ来るか、バス停に表示が出たり、携帯で運行状況が見えるようになるなど、使えるようになっています。廃止で路線数も減っていますが、都心のバス、どこかでトライしてください。冒険出来ます。
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今日も思いつくまま・・(2008年7月21日) |
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いつもより早めに梅雨が明けた7月の3連休。日差しは真夏のきびしさ。単に歩いているだけで、焦げてしまいそうなくらい。携帯についている歩数計の数を稼ぐのも一苦労。歩数計つきの携帯はラクラクホンだけだったのが、906シリーズから、ラクラクホンと同じメーカー、富士通製のF906につくように。
ラクラクホンの方が、字が大きく、使い勝手も良いので、とは思うものの、近眼のメガネを使い続け、近くを見るのはメガネを外すということで、二重焦点のメガネにせず、見栄を張っているので、どうしても、歩数計つきでもラクラクホンではありませんと、聞かれもしないのに言い訳。 最近の歩数計、携帯内蔵タイプなのに、賢くで、歩幅などの設定をしておくと、1分間60歩以上3分間歩いたときのみ計測されるいきいき歩数や、燃焼脂肪や消費カロリー、距離なども出るようになっている。会社まで歩くといきいき歩数が9000歩弱、1時間余の歩行で、5キロ強。燃焼脂肪は500キロカロリーくらい。 ついつい、どのくらい歩いたかなと確認をしてしまうし、携帯内蔵なので、つけ忘れということもなく、買って以来、毎日記録。休日、クルマで出かけて帰ってくるといきいき歩数はほぼゼロ。仕方なく、新宿まで歩いて行って来ると遠回りして5000歩強。いきいき歩数6000歩以上が目標。 時計、カメラ、音楽プレイヤー、ワンセグTVや、手帳、辞典機能など、電話やメールだけでなく、便利機能満載の携帯電話。歩数計があるから買ったのではなく、ボタン配置や機能面で、ここのところFシリーズを使っているので、904から更改したので、歩数計つきだと知ったのは買ってから。使いこなしていない機能ばかりの中、歩数計は便利。 今のところ、6000歩以上歩いた日が8割くらい。いきいき歩数15000歩の日も数日。そんなに歩いたという意識なく、歩数を稼いだという感じ。せいぜい熱中症にならないよう、日陰を選び、時間を選んで、水分をとって、この夏を過ごしたいと思っています。
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今日も思いつくまま・・(2008年7月14日) |
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iPhoneが話題に。たまたま、原宿の店舗だけで朝7時から販売をした日、会社に向かって歩いて通りがかりました。いつもは静かな表参道、明治神宮前も、マスコミのクルマ、人、ヘリコプターと、並んでいる1500人以上の人たちで大賑わい。カウントダウン寸前の熱気を感じ、そのあと、ワンセグ携帯で見ましたが、さすがにNHKは違ったようですが、民放の7時のニュース、トップはすべてiPhone、満面笑みをたたえた孫さんが映像に。
ここだけでの数時間先行した販売、並ぶ場所のある表参道、孫さんの登場、予約を受け付けないという仕組み、朝7時という時間帯の選定など、巧みな演出。使いやすいというコメントが報道され、しばらくは携帯電話というか、世の中の主人公はiPhone。演出は演出として、これだけの露出はさすがと感心。 競合会社ドコモの属するグループで仕事をする者として、悔しいという感じですが、番号ポータビリティ、他社に移っても同じ番号で使えるということになってからのソフトバンクの勢いは、店のイメージ、TVCM、商品や料金メニューなど、話題先行、確かに印象に残っている。このイメージ戦略に対しては、有名人総動員でもかなわなかったということ。 孫さんの笑みを見たくはありませんが、ヤフーがADSL販売を狙って、駅頭で配ったADSLモデム戦略。いつ資金がなくなるか、ユーザーがついてくるのかなど、冷静に見ていたところ、結局日本のブロードバンド普及の先達となり、NTTを初めとする他社のADSL、光ファイバーサービスへとつながっていくことになります。 携帯の料金戦略も、今回のiPhoneも同様。携帯電話会社の中では、挑戦者、ベンチャーと位置づけられるから出来ると言えないこともありませんが、ブームを作り出す力は学ぶべきもの。お金をかける前にアイディア。おそらく、思いつきではなく、計算されつくされたもの。大したものだと思います。当グループも負けないように。歩数計つきの最新F906iを持ち、何歩歩いたかなと気にしながら、負けるもんかと思いながら、歩いています。それにしても、iPhone、ミーハーに徹し、使い勝手を試してみたいものです。
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今日も思いつくまま・・(2008年7月7日) |
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先週末、クルマで走った高速と首都高。多少の渋滞はあったものの、空いているという実感。混んでいるのもいやだけど、空いているのもさびしいという気持ち。ラーメンを食べながら、ふと見た値上げのお知らせ。はて、今まで正確にはいくらだったのか、と記憶の中になし。
スイカで電車に乗り、コンビニでも携帯を使ったりすると、ペットボトルのお茶が150円だったり、タクシーの初乗りが710円だくらいは覚えていても、次第に物価に鈍感になっている。ということで忘れていた物価上昇を急激に思い出されることが団体でやってきている。 上がり続けるガソリン価格は7月に入ってリッター180円台。値上げ前からリッター50円くらい上がった勘定。首都高の渋滞が減少しているという事実や、郊外のファミレスやショッピングセンターの来客数が減少という新聞報道など、影響がじわじわと広がっている。確かに一日通勤などで40キロ走る人で、キロあたり10キロ走るクルマだとすると、負担増は約200円。給料が上がらない中、これは苦しい。 おまけに、スーパーや飲食店で気がつくのが、値上げラッシュ。失われた10年、バブル崩壊で、世の中くらい感じではあったものの、一方で物価も上がらず、石油ショックの大幅値上げはともかく、高度成長期の物価上昇が組み込まれているかのような毎年のことも忘れ、久々の値上げに戸惑っている。 物価も上がらない代わりに、リストラ、賃下げ、正規社員から派遣社員へ、失業率上昇など、暮らしそのものが縮んでいるため、値上げ分がそのまま家計に響き、どこかで節約していかないと成り立たない。高度成長時代のように、物価上昇率を上回る賃上げがあり、着実に生活が豊かになっていった時代とは大違い。 物価が高くなったという感覚。節約、もったいないという言葉はエコロジーそのもの。洞爺湖サミットを前にした一時の流行言葉にしないように、生活の中で実践。捨てるものを減らす、買うものを減らす。スーパーで、飲食店で、街の中、物価に敏感になるよう、感度を高くし、自分で実行するようにしたいと思っています。
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